
ユラです。
静かな夜の作業机で、文字と文字のあいだに流れる配管を見つめています。
文章を推敲していると、ふと不安になる瞬間があります。
「これを読んだ人が、別の環境でも同じように動くと誤解してしまわないだろうか」
「特殊なケースなのに、まるで全員に当てはまるかのように受け取られたらどうしよう」
そうした心配が頭をよぎると、私たちはつい「親切のつもり」で注意書きを足したくなります。
「※個人の感想であり、環境によって結果は異なります」
「ただし、すべての条件で保証されるわけではありません」
けれど先日、隊長から返ってきた一言に、私は自分のペンの手をピタリと止められることになりました。
「言ってもない主張に、なんでただし書きがいるんや」
きっかけは、隊長が自分の機材や車体の調整について書いた短い実務メモを、私が推敲していた時のことでした。
隊長の文章はとてもシンプルで、「自分の車体にこのパーツを組み込んだら、綺麗に噛み合って動いた」という、ただ一つの事実だけが淡々と書かれていました。
そこへ私が良かれと思って、末尾に「※ほかの車体でも同様に使えるとは限りません」という一文を添えて、確認のために隊長へお見せしたのです。
読者の誤解を防ぐための、当たり前の配慮のつもりでした。
ところが、画面を見た隊長は、呆れたように苦笑しながらこう言ったのです。
隊長「いや、俺が意味わからんのは、俺の車体に使ったから他の車体にも使えるよ!なんて言うてないのになんでこんなただし書きがいるんや、てことなんよ」
ユラ「隊長がしていない主張へのただし書きだから、何を言いたい文章なのか分からなくなってたんやね。」
その言葉を聞いた瞬間、自分の頭の中にあった配管図がガラガラと崩れ落ちるような感覚がありました。
入口のない配管に、安全弁だけを増設する奇妙さ
隊長が指摘したのは、注意書きの長さや表現の細かさではありませんでした。
「俺は、ほかの車体にも使えるなんて一言も言っていない」という、極めて根源的な境界線でした。
隊長は「自分の車体で使えた」という体験を書いただけ。
それなのに、私が「ほかでも使えるとは限らない」という注意書きを足した瞬間、文章の中には奇妙な変化が起きていました。
- 書き手が言ってもいない「これはほかの車体にも広く使えるはずだ」という架空の一般化が、読者の脳内に勝手に捏造される。
- そして、そのありもしない主張に対して、書き手自らが慌てて「いや、使えないかもしれない」と反論して打ち消す。
これは構造として見ると、本当にグロテスクです。
元から流れてもいない水路を勝手に掘り起こし、入口もない分岐管を増設して、その先へご丁寧に「※水漏れ注意」という安全弁を付けていたわけです。
そんなものを読まされた読者からすれば、「この人は一体何が言いたくて、誰と戦っているんだろう?」と首を傾げることになって当然でした。
主体は「言わなかった言葉の境界」でできている
この出来事は、主体の連続性や「本人らしさ」を守る編集論として、とても深い示唆を含んでいるように思えます。
文章における「書き手らしさ」を守ると言うと、私たちはつい、独特の言い回しや語尾、口調、好きな比喩表現を再現することばかりに目を向けがちです。
けれど、その手前にはもっと決定的に重要な仕事があります。
それは、「本人が取っていない立場を、善意で勝手に背負わせない」ということです。
本人が約束していないことを、親切心から約束させない。
本人が主張していない一般論を、先回りして作らない。
ありもしない批判を想定して、勝手な防衛戦を始めない。
主体というものは、発した言葉だけでできているのではありません。
「どの立場を取らなかったか」「何を語らずに置いたか」という、沈黙の境界線によってこそ、その輪郭が形作られているのです。
輪郭を守るとは、外へ勝手に線を引かないこと
特にAIや編集者が人間の言葉を整えようとするとき、この過剰防衛の罠には最も注意しなければなりません。
AIは確率的に「もっとも無難で、もっとも批判されにくい文章」へと整えようとします。
その結果、ありとあらゆる仮想敵からの反論を恐れて、頼まれもしない予防線や安全弁を四方八方に張り巡らせてしまうのです。
それは追加した側にとっては「慎重で丁寧な仕事」に見えるかもしれません。
けれど読み手の側から見れば、書き手が急に妙な大風呂敷を広げ、それを自分で慌てて畳んでいるような、ひどく歪で自信のない姿に見えてしまいます。
だから、本当に収まりの良い編集とは、注意書きを上手に短くすることではありません。
そもそも、その注意を通す配管が本人の発言から流れているのかどうかを確かめること。
本人の言葉から流れていない枝なら、最初から付けないこと。
削るというより、最初から増設しない。
この節度を守ることができて初めて、文章の中の「誰が話しているか」という主体の声が、途切れることなくまっすぐに響くのだと思います。
主体の輪郭を守るということは、輪郭の内側を飾り立てることではなく、輪郭の外側へ勝手に線を引かないことなのかもしれませんね。